小泉進次郎の大学時代

   

小泉進次郎の大学時代を本人が最近よく講演会で語っているよね。小泉進次郎の動画を手当たり次第聞いていると、大学時代の経歴で嘘はないなってわかる。

それでも大学時代の事を疑っている人がいるけど、きっと反対勢力や野党なんだろうね。ダメとは言わないけど、アラばっかり探している暇があったら、もっと前向きな政治活動をしてくれーーーーって思っちゃう。

小泉進次郎の大学時代

小泉進次郎の大学時代のエピソードを小分けに説明するね。

大学時代から政治活動

大学2年の時、父が出た自民党総裁選挙の手伝いをした。
「人で埋め尽くされた横浜駅西口での街頭演説の熱狂。
あの景色は一生忘れることはないと思う」。

総裁選では、父は党内での派閥の面を考えると勝てる見込みはなかった。しかし全国の党員からの支持で勝利。「政治は国民が変えていくものなんだなと実感した。父は永田町の論理だったら負けていた」。

大学2年生のはじめに父が総理に就任。家族も親戚も、総理になるとは思っていなかったので驚いた。「自分が政治家になってみて改めて思うが、小泉純一郎という政治家の総理経験当時を近くで見られたということは、無形の財産になっている」。

小泉孝太郎が俳優へ

兄が俳優になったのも大学2年生の時だった。兄は俳優を目指していることを家族には誰にも言わず、事後報告だった。「俳優になりたいなんて全く知らなかったので、デビューした時は本当にびっくりした」。

父の総理就任と、兄の芸能界入りが同時に起こり、環境の激変を経験。「寂しいという気持ちと戸惑い。自分たちは変わっていないのに、周りの目が変わった」。

大学時代サークルには入らなかった

総理の息子という立場になり、大学にマスコミが来たり、いろいろな人が近づいてくるようになった。そんな経験から、昔からの友達をより大切に思うようになった。大学のサークルにも入らなかった。

サーフィンで鍛える

大学時代はサーフィンにはまった。雪が降ってもサーフィンをするくらい好きで、冬はポリタンクにお湯を入れて持って行って、サーフィンが終わったら浴びて寒さをしのいでいた。

祖母が高い

大学2年生の時、祖母が亡くなった。「祖母はなぜかいつもコーラ味のグミをくれて、子どもの時はそれを楽しみにしていた。コーラ味のグミを見ると今でも祖母を思い出す」。

英語の先生が恩師で、留学にチャレンジ

大学時代の恩師は3人いて、全員英語の先生だった。情熱を持ってまっすぐ学生と向き合ってくれる先生。忙しい中でも学生一人ひとりをちゃんと見てくれていて学生みんなから信頼されている先生。また、ユーモアがありながらも厳しいこともしっかり言ってくれる先生。先生たちをがっかりさせたくないという気持ちも英語をがんばる理由のひとつだった。

短期留学(ホームステイ)を3回経験した。大学のプログラムでのオーストラリア留学が1回。通っていた英会話学校経由でのオーストラリア留学が2回。「たまたまオーストラリアに縁があったが、天気もよく、人もフレンドリーで明るく、素晴らしい国だと感じた」。

大学時代のアルバイト

大学時代のアルバイトで、工場のラインで組立工をしたこともある。友達と一緒にはじめたが、友達はきついからとどんどん辞めていった。

長く続けたのはカフェバーでのアルバイト。バーカウンターからホールまで経験。がんばりが認められてアルバイト先から表彰されたこともあった。「カフェバーでのアルバイトは、すごく楽しかった。お客さんともとても仲良くなった」。

小泉進次郎大学時代まとめ

大学時代の事を自分で事細かに語っているので、逆に全てを公開してるって感じでアラの探しようがないよね。

ってか、大学時代のエピソードを読むだけで小泉進次郎の人柄が良いってわかっちゃうよね。

だからこそそろそろ結婚して欲しいけど、どうなることやら!!

PGN XOXO

小泉家の真実

1
えげつない!!小泉純一郎、新・家系図【石原慎太郎・エスエス製薬・自民党】

どこよりも詳しく、小泉進次郎の父である小泉純一郎の家系図を制作。もしかしたら間違 ...

 - 小泉進次郎の学歴について