【噂の年表】小泉純一郎が精神病院の松沢病院に入院していた?

   

インターネットを徘徊していると、嘘か本当かわからない情報が掲載されていることがるよね。PGNはまだまだ政治のことに関しては(政治じゃなくても)ヒヨッコ。年配の人から言わせるとペーペーってやつ!!!

このPGNサイトでは、誹謗中傷はせず、できる限りネットにあることを整理して、PGN目線に見解を紹介するようにしているんだけど、よいことも悪いこともネットでは議論されているし、目をつぶることができないよね。

【小泉純一郎の噂】を大前提にして、精神病院にの松沢病院に入院していた頃の流れを説明してみる。っていうか、もし精神病だったら、その後内閣総理大臣まで行くなんて、すごい映画みたいな話だよね。

【噂の年表】小泉純一郎が精神病院の松沢病院に入院していた?

松沢病院(精神科)の場所

松沢病院のHP

小泉純一郎が大学生になるまで

1942年1月、神奈川県横須賀市で、祖父、父、共に大臣経験のある政治一家の子として生まれる。

1960年3月、神奈川県立横須賀高等学校を卒業(18歳)。
1960年4月、浪人1年生(18歳)
1961年3月、不合格(19歳)
1961年4月、浪人2年生(19歳)
1962年3月、合格(20歳)
1962年4月、慶應義塾大学経済学部に入学(20歳)。

小泉純一郎が病院に入るきっかけと言われている事件(噂)

期間がわかりづらいと思うけど、頑張って読み解いて!!!

1967年4月、純一郎が、婦女暴行事件(刑事事件)を起こす。
1967年4月、純一郎は、精神病院の都立松沢病院に精神分裂病に入院。(親心で禁治産者(気違)に見せかける)
1967年5月、慶應義塾大学経済学部を(25歳)で卒業できず。

1967年4月~1967年6月
精神病院の都立松沢病院に精神分裂病で入院歴がある

1967年5月
慶応大学在学中に婦女暴行事件で逮捕された。

当時、防衛庁長官であった父・小泉純也氏が政治的圧力でもみ消し、
小泉純一郎氏を急遽、ロンドンへ留学。
(実際は聴講生で単位取得はなし)

1967年7月7日
小泉純一郎は羽田を出発。ロンドンに留学という名目で日本を離れている。 慶応大学には休学届出を出している。

1969年8月、 父・小泉純也の死亡に伴い急遽、帰国。
1969年12月、衆議院議員選挙に立候補するも落選。
1969年12月、父の跡を継ぎ、第32回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で立候補し
10万3000票余りを獲得するが、
4000票差で落選した。

1969年12月
初の国政選挙出馬となった小泉は、学生時代のレイプ事件を対立候補に突かれて大敗。

1970年より 福田赳夫の自宅で書生を務め、福田から政治家としての薫陶を受けた。

小泉純一郎に限らず、嘘か本当か政治家でももみ消したい過去はあるだろうね。

禁治産者とは?

禁治産者きんちさんしゃ 心神喪失の常況にあるで,一定の利害関係人からの申し立てにより家庭裁判所が禁治産宣告を言い渡した。 1999年の民法改正までの制限行為能力の一種(→行為能力)。 改正により禁治産者という呼称は廃止され,成年被後見人と呼ばれることとなった(→成年後見制度)

小泉進次郎には同じ道を歩ませない

蛙の子は蛙というと、この松沢病院に入院したことを認めてるようになるけど、もしこれが真実だった場合、自分の息子、ましてや政治家を志す小泉進次郎には同じ過ちを繰り返させたくないってことで厳しくなるんだろうね。

入院、松沢病院、精神病、この3つのキーワードは今後小泉純一郎という政治家にフォーカスした時にいろいろと意味を持ってくるかも。

そんな気がするよね。

PGN XOXO

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